宇宙人の種類は何種類? よく語られる7タイプと、その言い出しっぺ
宇宙人の種類として日本語のページによく並ぶのは、グレイ型・ノルディック型・プレアデス星人・レプティリアン・昆虫型・アルクトゥルス星人・アヌンナキの7つです。ただしこの7つは生き物の分類ではありません。誰かの証言と、それを書いた本が積み上がってできた呼び名の一覧です。
2026年9月末に「宇宙人の種類」で日本語の検索結果を見たところ、この顔ぶれを特徴つきで並べた一覧型のページが9本出てきました。読んでいて楽しい一覧です。ところが9本を見わたして、どの種類がいつ・誰の口から出た話なのかに触れているページは、1本も見つかりませんでした。名前と見た目だけが一人歩きしています。
ここから先は、7つのタイプを初出の年と言い出した人で並べ直します。先に一覧を置いておきます。
- グレイ型……頭が大きく、目が黒くて大きい小柄な姿。1961年のヒル夫妻の証言が語られる過程で形になり、1987年の本の表紙絵で固まりました
- ノルディック型……長身で金髪、青い目。1952年にジョージ・アダムスキーが「金星から来た男に会った」と語ったのが出発点です
- プレアデス星人……ノルディック型とほぼ同じ姿。1975年にスイスのビリー・マイヤーが「セムヤーゼに会った」と語ったところから広まりました
- レプティリアン……鱗のある肌で、蛇のような瞳の人型。1999年のデヴィッド・アイクの本で有名になりましたが、設定そのものは1929年の小説が先です
- 昆虫型(マンティス)……カマキリに似た背の高い姿。1985年以前の記録には見当たりません。1990年前後からの新顔です
- アルクトゥルス星人……青い肌で治療役とされる存在。いまの人物像は1990年に出たチャネリング本から広まりました
- アヌンナキ……シュメール神話の神々を宇宙人とみなす説。1976年のゼカリア・シッチンの本が出どころです
この7つを選んだのは、上の9本がそろってこの顔ぶれを載せていたからです。ここから先は、1つずつ出どころをたどります。同じやり方で、うじとうえだのブログでは宇宙人の写真6枚を証拠の強さで仕分けた話や古代の壁画がなぜ宇宙人に見えるのかも扱ってきました。今回は種類の名前そのものに同じ物差しを当てます。
宇宙人の種類の一覧は、誰がいつ作ったものなのか
宇宙人を種類ごとに並べる発想は、UFOを調べる側から2段階で出てきました。1972年に天文学者のJ・アレン・ハイネックが「遭遇の近さ」で段階分けをし、1996年にパトリック・ハイグが目撃証言をもとに50体を4つのクラスに仕分けた図鑑を出しています。どちらも出身地ではなく見え方で分けました。
先に来たのがハイネックです。アメリカ空軍のUFO調査に長く関わった天文学者で、1972年の著書『The UFO Experience』で、21年分の報告を距離ごとに6段階に整理しました※1。遠くの光、昼間の円盤、レーダーと目視の両方に映ったもの。そして近くで起きた3つを「接近遭遇」と呼び、第1種から第3種に分けています。
このうち第3種が「UFOの中か、その近くに何かがいた」という報告です。ここでハイネックが選んだ言葉が、いま読むといちばん面白いところです。彼は「宇宙人」と書かず、「animate beings(生き物らしいもの)」という、わざとぼかした言い方を使いました※1。出身も正体も決めつけないための言葉選びです。分類の出発点にいた人が、いちばん慎重だったことになります。
24年後の1996年、パトリック・ハイグが『The Field Guide to Extraterrestrials』を出します※2。UFO事件で報告された姿を、ハリー・トランボアの線画つきで50体並べた本です。内訳は人型26体、動物型13体、ロボット型7体、それ以外の「エキゾチック」4体。1体ごとに、クラス・型・特徴・報告された日付・場所・目撃者と出典が添えられています。
ここがこの記事の要点になります。ハイグの本は「こういう生き物がいる」という本ではなく、「こういう報告があった」という本です。生物の分類は標本があって初めて成り立ちますが、宇宙人の「種類」は証言と絵から組み立てられています。同じ言葉を使っていても、中身がまるで違います。
日本語で事件を1件ずつたどりたいときに便利なのが、日付と出典を並べた資料です。ASIOSのUFO事件クロニクルは、有名事件を年代順に並べて、それぞれ何が確かめられて何が確かめられていないかを分けて書いています。この記事でやっている「初出をたどる」作業を、事件の側から通した本です。
グレイ型|宇宙人の種類でいちばん有名な姿は、1961年の証言と1987年の表紙で固まった
グレイ型は、1961年9月19日にアメリカで起きたヒル夫妻の証言が語られる過程で形になり、1987年に出た本の表紙絵で見た目が固定されました。ただし、この姿を先に文章にした人がいます。1893年のH・G・ウェルズまでさかのぼれます。
まず1961年の出来事から。ベティとバーニーのヒル夫妻は、カナダのモントリオールからニューハンプシャー州ポーツマスへ車で帰る途中でした。遅れて出かけた新婚旅行の帰り道です。ベティが明るい物体に気づき、車を停めたバーニーが双眼鏡で見ると、二重の窓の向こうに「少なくとも6体の生き物」が見えた、と話しています※3。夫妻は、そのあと機内に連れ込まれて医学的な検査を受けた、と語りました。
姿の細部が出てきたのは、事件から2年以上たってからです。1964年2月22日、催眠下でバーニーが見た相手を説明し、絵に描きました※4。このときに出てきたのが、目の端が横に回り込む「ラップアラウンド・アイ」です。夫妻の記憶は、催眠のセッションを重ねるうちに細かくなっていきました。
1965年に新聞がこの話を報じ、灰色の肌をした小柄な姿が一気に広まります※4。翌1966年には、ジョン・G・フラーが夫妻から聞き取った『The Interrupted Journey』が出ました。「信頼できる目撃者が、医学的・科学的な検査のためにUFOに連れ去られている」と正面から主張した最初の本で、UFOの歴史でもっとも影響が大きかった一冊に挙げられています※3。
そして1987年、ホイットリー・ストリーバーの『Communion』が出ます。テッド・セス・ジェイコブスが描いた表紙の顔が、いまだれもが思い浮かべるグレイの見た目そのものです※4。証言が1961年、絵が1964年、広まったのが1965年、見た目が固まったのが1987年。26年かけて1つの顔になったという流れが見えます。
グレイ型の見た目は、1893年の文章にすでに書かれていた
ここが、一覧型のページではあまり触れられない部分です。グレイの特徴とされるものは、UFOの時代より前の創作に出そろっています※4。
- 1893年……H・G・ウェルズの随筆「The Man of the Year Million」が、口も鼻も髪もなく、頭が大きい未来の人類を描いています
- 1895年……同じウェルズの『タイム・マシン』に出てくるイーロイも、近い特徴を持っています
- 1897年……『宇宙戦争』の火星人は「大きく黒っぽい楕円形の目と、灰色で毛のない肌」と書かれています
- 1917年……オカルティストのアレイスター・クロウリーが、いまのグレイに似た「ラム」という存在と接触したと述べています
- 1933年……スウェーデンのグスタフ・サンドグレン(筆名ガブリエル・リンデ)の『Den okända faran』が、地球外の存在を「小柄で、大きなはげた頭と、大きく黒く光る目を持つ」と書いています
1933年の記述は、ヒル夫妻の証言より28年早いことになります。これを「宇宙人が本当にいて、作家が何かを感じ取っていた」と読むこともできますし、「証言のほうが読んだものに寄っていった」と読むこともできます。どちらが正しいかは、この材料だけでは決まりません。ただ、順番だけははっきりしています。文章が先で、証言が後です。
いまグレイ型がどれくらい優勢かについて、C・D・B・ブライアンがまとめた数字が知られています。アメリカで報告された遭遇のおよそ73%がグレイで、ヨーロッパ大陸では48%、イギリスでは12%だというものです※4。【推測・確信度低】この3つの数字が何件の報告をどう数えたものかは、こちらでは確かめられませんでした。国ごとに差が大きいという傾向だけを受け取るのが安全です。
ノルディック型とプレアデス星人|宇宙人の種類でいちばん古い1952年組
ノルディック型は、1952年11月20日にカリフォルニアの砂漠で「金星から来たオーソン」に会ったと語ったジョージ・アダムスキーから広まりました。プレアデス星人は、1975年1月28日にスイスのビリー・マイヤーが「セムヤーゼに会った」と語ったところが出発点です。7つの中でいちばん古い系統になります。
アダムスキーはポーランド系アメリカ人で、1952年11月20日の接触を公表しました※5。相手は長身でヨーロッパ系の顔立ちをした人物として描かれ、オーソンという名前が付いています。翌1953年、デズモンド・レズリーとの共著『Flying Saucers Have Landed』が出て、1960年までに最初の2冊で合わせて20万部が売れました※5。
この1950年代に、同じような相手に会ったと語る人が大勢現れます。とくにヨーロッパで多く、身長は180〜210センチほど、長いまっすぐな金髪、青い目、白い肌という描写がそろっていました※6。「スペース・ブラザーズ(宇宙の兄弟たち)」という呼び方もこの時期のものです。
ここで1つ、押さえておきたいことがあります。「ノルディック」という名前は、後から付いた見た目のあだ名です。北欧系・ゲルマン系の人に見た目が似ているという、表面的な共通点から付けられました※6。誰が最初にこの呼び名を使ったのかは、【未確認】です。調べた範囲では特定できませんでした。本人たちが「我々はノルディックだ」と名乗った話ではありません。
プレアデス星人のほうは、もう少し後になります。ビリー・マイヤーは、1942年に5歳でスファートという年配の人物に会ったのが最初だとしていますが、広く知られたのは1975年1月28日にセムヤーゼと会ったと語ってからです※7。彼はこの一連の接触を土台に組織を作りました。日本語では「プレアデス星人」と訳されることが多いのですが、マイヤー自身の記述では「プレヤール(Plejaren)」という呼び方に変わっています※7。
マイヤーの写真については、記録がはっきり残っています。作家のゲイリー・キンダーとの取材で、マイヤー本人が、場面を作り直すために模型を使ったと認めています※7。1997年には元妻が、写真はゴミ箱のふたやカーペット用の画鋲といった家庭にあるもので作った宇宙船の模型だと述べました※7。
アダムスキーについても、当時の調査者が確かめた記録が残っています。空軍のUFO調査を率いたエドワード・J・ルペルト大尉は、話が作られたものだと結論づけました。調査者のジェームズ・W・モーズリーも、話の筋に多くの食い違いを見つけたと報告しています※5。こうした検証の記録があることは、むしろ助かる話です。調べた人がいて、調べた結果が残っているので、いまからでも追いかけられます。
1950年代に主役だったノルディック型の報告は、その後だんだん減っていきます。入れ替わるように前に出てきたのが、グレイ型でした※6。
レプティリアンとアヌンナキ|宇宙人の種類のうち、小説と本が先にあったもの
レプティリアンという宇宙人の種類は、1999年に出たデヴィッド・アイクの本で広く知られました。ただし「蛇の頭をした人型が姿を変えて人間社会に紛れている」という設定は、1929年にロバート・E・ハワードが小説で書いたものが先だと、シラキュース大学の政治学者マイケル・バーカンが指摘しています※8。
順に並べると、こうなります。
- 1888年……ヘレナ・ブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』に出てくる、レムリア大陸で栄えた「ドラゴン人間」。バーカンは、これがハワードの創作の土台になったと見ています※8
- 1929年……ロバート・E・ハワードの小説「The Shadow Kingdom」に、人間の体と蛇の頭を持ち、姿を変え、心を操る「サーペント・メン」が登場。バーカンが出どころに挙げたのは、ここです※8
- 1940年代……オカルティストのモーリス・ドリールが「Mysteries of the Gobi」で、人間の体と大蛇の頭を持ち、姿を変えられる「蛇の種族」を書きました。バーカンの見立てでは、これもハワードの小説から来た可能性が高い※8
- 1967年……ネブラスカ州アシュランドの警察官ハーバート・シャーマーが、催眠下で「翼のある蛇の紋章を付けた爬虫類型の存在にUFOへ連れ込まれた」と語りました。懐疑的な調査者は、これを作り話とみています※8
- 1999年……デヴィッド・アイクの『The Biggest Secret』が、アルファ・ドラコニス星系から来た「長身で血を飲み、姿を変える爬虫類型の人型」が王族や有力な一族を通じて世界を動かしているという説を広めました※8
小説が1929年、目撃証言が1967年、いまの形の説が1999年です。この順番は、レプティリアンを語るときに押さえておくと便利です。姿の設定が70年前の創作にあり、証言はその38年後に出てきています。
この説がどれくらい受け止められているかについては、数字が1つあります。2013年のパブリック・ポリシー・ポーリングの調査で、アメリカの登録有権者のうち4%(誤差±2.8%)がアイクの説を信じていると答えました※8。ほかの陰謀説と並べて見たいときは、陰謀論の一覧を証拠の強さ順に並べた記事のほうが早いと思います。
アヌンナキは、レプティリアンと並べて語られることが多い名前です。出どころは1976年、ゼカリア・シッチンの『The 12th Planet』です※9。海王星より外にある「ニビル」という星から来た地球外の種族だ、というのがシッチンの主張でした。
この本については、専門家の評価がはっきり残っています。シュメール語やアッシリア学の研究者からは、翻訳の正確さそのものが否定されています。聖書学者のマイケル・S・ハイザーは訳文の誤りを多数挙げ、歴史家のロナルド・H・フリッツは「古語への意味の割り当てが恣意的で、しばしば無理がある」「証拠が選び取られている」と書いています。歴史家のピーター・ジェイムズは、シュメール・アッシリア・バビロニアの文献の理解そのものが違っていると論じました。1979年にはロジャー・W・ウェスコットが、シッチンの言語学を「素人的」だと評しています。古代語がすべてシュメール語に由来するという主張に対して、シュメール語はどの語族にも属さない孤立した言語だという指摘です※9。
1976年のシッチンの本が材料になり、1999年のアイクの本がそれを爬虫類型と結びつけました。種類の名前が増えるとき、前の本が次の本に材料を渡しているという形が、ここではっきり見えます。
昆虫型とアルクトゥルス星人|1990年前後に現れた、新しい宇宙人の種類
昆虫型(マンティス)は、宇宙人の種類の中でとくに新しいものです。1985年までの誘拐証言270件をまとめた研究に、1件も出てきません。アルクトゥルス星人も、いま語られている人物像は1990年に出た1冊のチャネリング本から広まっています。マンティスのほうは、前がなかったことを目録の記録で確かめられます。アルクトゥルス星人は、1990年の本より前をこちらでは確かめられませんでした。
マンティスの来歴は、マーティン・S・コットマイヤーが1999年5月に書いた「Graying Mantis」という記事がよくまとめています※10。彼が挙げている事実は、次の2点です。
- 1960年代から1970年代にロレンゼン夫妻(Lorenzen)、ボーエン(Bowen)、ジャック・ヴァレ(Vallée)、ブロッカー(Bloecher)らがまとめたUFO事件の目録には、数百体の存在が載っているのに、カマキリ型が1件もありません
- 1985年までの誘拐事例をすべて調べたブラード(Bullard)の研究でも、270件のうちカマキリ型は0件です
つまり1985年の時点では、この種類は記録に存在していません。では、いつ出てきたのか。コットマイヤーは、1988年から1990年に集まっていると整理しています※10。
- 1988年……リンダ・ポーターがリチャード・ヘインズに語った内容が、目立つ形で出てきた最初期のものです。リンダ・モールトン・ハウが『Glimpses of Other Realities』の第2巻で詳細を紹介しています
- 1990年……ジーン・ロビンソンがUFO研究者たちに送った手紙で、「プレイング・マンティス型」はグレイの古い分枝で、多くの種の「グレート・マザー」であり、探査と研究を監督している、と伝えています
- 1990年8月6日……シンディ・ティンドルの催眠セッションの記録が残っています
コットマイヤー自身の言葉では、1990年が「マンティス熱」の始まりに見えると書かれています※10。1999年の時点で、彼が挙げた事例は少なくとも26件ありました。1990年より前の「バッタの頭をした存在」を、後からカマキリ型に入れ直している研究者もいるのですが、コットマイヤーはこれを雑なやり方で誤解を招くと批判しています※10。
ここは、この記事でいちばん確かなことが言える箇所です。「270件に0件」という数え方があるので、いつ増えたのかを推測に頼らずに示せます。ただし、目録に載っていないことが証明しているのは「報告が無かった」ことであって、「存在しなかった」ことではありません。他のタイプの出どころは本や証言をたどる話でしたが、マンティスだけは報告の記録に無かったことを確かめられます。
アルクトゥルス星人も、時期が近いです。ノーマ・J・ミラノヴィッチが1990年に出した『We, The Arcturians』が、いま語られている人物像のもとになっています※11。地球の近くにいる宇宙船から、アルクトゥルス人と名乗る存在が自分を通して話したという内容で、人間の自由意志を侵さずに地球の変化を助けに来た、という筋立てです。
【未確認】エドガー・ケイシーが1920年代のリーディングでアルクトゥルスに触れていたという話も見かけますが、一次資料で確かめられませんでした。確かめられたのは1990年の本のほうだけです。青い肌や治療役といった具体的な描写が、この本より前にどこまでさかのぼれるかは、こちらでは分かりません。
リトル・グリーン・メンは宇宙人の種類ではなく、証言に無かった色の呼び名だった
「リトル・グリーン・メン(小さな緑の人)」は、宇宙人の種類ではありません。1955年8月21日にケンタッキー州で起きた事件の目撃者は「銀色の金属のようだった」と話しているのに、広まった呼び名は緑になりました。証言に無かった色が、後から付いた例です。
その夜、サットン家の人たちがケンタッキー州南西部のホプキンズビル警察署に駆け込みました※12。ケリーという集落で起きた出来事で、いまは「ケリー=ホプキンズビル事件」と呼ばれています。
目撃者が話した相手の姿は、金属的な光り方が印象に残るものでした。「冷蔵庫の金属のような、きらきらした輝き」「銀の金属でできているよう」という言い方が記録されています※13。身長は約1.1メートル(3.5フィート)※13。英語版のウィキペディアは「1.2メートル(4フィート)以下」としています※14。緑という言葉は、どちらにも出てきません。
「リトル・グリーン・メン」という言い方は、この事件より47年前からあった
ここは調べていて考えを変えた部分です。この呼び名がケリーの事件で生まれた、という説明を見かけますが、言い方そのものはずっと前からありました※14。
- 1809年……ワシントン・アーヴィングの『A History of New York』が、月の住人を「えんどう豆色」と書いています。まだ「小さな緑の人」とは呼んでいません
- 1899年……アトランタ・コンスティチューション紙の「Green Boy From Hurrah」が、別の惑星から来た緑の肌の小さな存在の話を載せています
- 1908年……デイリー・ケネベック・ジャーナル紙。研究者のクリス・オーベックが見つけた、地球外の存在を指す「リトル・グリーン・マン」の最も古い用例です
- 1938年11月1日……コーパス・クリスティ・タイムズ紙のビル・バーナードのコラムに「水星から来た13人の小さな緑の男たちが、クリフ・マウス飛行場で宇宙船から降りてきた」とあります
- 1946年……ハロルド・M・シャーマンの『The Green Man: A Visitor From Space』。表紙に緑の肌の人型が描かれています
- 1951年……マック・レナルズの探偵小説『The Case of the Little Green Men』。空飛ぶ円盤に乗った宇宙人が出てきます
1908年から数えると、ケリーの事件の47年前です。名前は先にあって、事件があとから来ました。
では、この事件で何が起きたのか。説明が2つあって、筋が違う
ここは、出典によって話が変わるので、両方を並べておきます。
- 新聞が書いた説……エヴァンズヴィル・クーリエ紙が、記者の裁量で、証言から離れて「little green men」という言葉を記事に使った※14
- あとから混ざった説……数年後に、東部ケンタッキーの女性が報告した「空飛ぶ円盤と、緑の服を着た1.8メートルの男」の話と混ざって、「小さな緑の人」という像ができた※13
【推測・確信度中】この2つは、どちらかが間違いというより、別の段階の話を指しているように読めます。紙面に緑が乗ったのが先で、別件との混ざりが後から像を固めた、という順番なら両方成り立ちます。ただし、こちらではそこまで確かめられていません。
どちらの説を取っても、共通することが1つあります。緑は、目撃者が話した色ではないという点です。
ここから分かるのは、流れが一方向ではないということです。グレイ型では創作が先で証言が後でした。アヌンナキとレプティリアンでは、前の本が次の本に材料を渡していました。そしてリトル・グリーン・メンでは、先にあった呼び名が、証言と違う姿のまま事件に貼りつきました。種類の名前は、必ずしも見たとされる相手の姿から来ていません。
まとめ:宇宙人の種類は、初出の年で並べ直すと見え方が変わる
宇宙人の種類を初出の年で並べ直すと、1950年代・1961年・1976年・1990年前後に固まって現れていることが分かります。宇宙から来た順番ではなく、本や証言が世に出た順番です。この並べ方なら、実在するかどうかを決めなくても整理できます。
根拠の種類で並べ直すと、7タイプはこう分かれる
年より先に、こちらを見たい人もいると思います。何を根拠に語られていて、そのあと誰が何を確かめたかで並べ直したものです。
- グレイ型……1961年/ヒル夫妻/催眠下の証言と本人が描いた絵/同じ姿が1893年の随筆と1933年の小説に先にあった
- ノルディック型……1952年/ジョージ・アダムスキー/本人の語りと写真/空軍のルペルト大尉らが、作られた話だと結論
- プレアデス星人……1975年/ビリー・マイヤー/本人の語りと写真/本人が、模型を使ったと認めている
- レプティリアン……1999年/デヴィッド・アイク/本/設定は1929年の小説が先だと、バーカンが指摘
- 昆虫型(マンティス)……1988〜1990年/リンダ・ポーターら/催眠下の証言/1985年までの記録に0件という数え方が残っている
- アルクトゥルス星人……1990年/ノーマ・J・ミラノヴィッチ/チャネリング(本人が受け取ったとする言葉)/それ以前をこちらでは確かめられなかった
- アヌンナキ……1976年/ゼカリア・シッチン/古代文献の独自の読み方/シュメール学・アッシリア学の研究者が、翻訳そのものを否定
こう並べると、根拠が4種類しかないことが見えます。催眠下の証言、本人の語り、チャネリング、そして本の読み方。この4つのどれなのかが分かれば、話の受け取り方も決めやすくなります。
次は、この記事で確かめた年を古い順に並べたものです。
- 1888年……ブラヴァツキーが「ドラゴン人間」に触れる(レプティリアンの遠い材料)
- 1893年……ウェルズが、口も鼻も髪もない大頭の未来人を書く(グレイの見た目の先行例)
- 1929年……ハワードの小説に蛇の頭の人型が登場する(レプティリアンの設定)
- 1933年……サンドグレンが、小柄で大きな頭と黒く光る目の地球外生命を書く
- 1952年11月20日……アダムスキーが金星人オーソンとの接触を語る(ノルディック型)
- 1955年8月21日……ケリー=ホプキンズビル事件。新聞が「リトル・グリーン・メン」と書く
- 1961年9月19日……ヒル夫妻の証言(グレイ型の出発点)
- 1967年……シャーマーが爬虫類型との遭遇を語る
- 1972年……ハイネックが接近遭遇の段階分けを発表する
- 1975年1月28日……マイヤーがセムヤーゼとの接触を語る(プレアデス星人)
- 1976年……シッチンの『The 12th Planet』(アヌンナキ)
- 1987年……『Communion』の表紙絵でグレイの見た目が固まる
- 1988〜1990年……カマキリ型の証言が集まり始める(昆虫型)
- 1990年……ミラノヴィッチの本が出る(アルクトゥルス星人)
- 1996年……ハイグが50体を4クラスに仕分けた図鑑を出す
- 1999年……アイクの『The Biggest Secret』(レプティリアン)
こうして並べると、7つのタイプが「宇宙人の分類」というより20世紀の語られ方の記録に見えてきます。どれかが実在するかどうかは、この年表では決まりません。決まらないままで構いません。いつ・誰が言い出したかは決まっているので、そこだけでもかなりの情報になります。
宇宙人の種類の出どころを、自分で確かめる4つの質問
新しい種類の名前を見かけたときに、この4つを順に当ててみてください。どれか1つでも答えられないなら、そこが調べどころです。
- その名前は、いつ・どの本や新聞に最初に出たか。年が出てこない種類は、たいてい誰かの本が1冊あります
- 元になったのは、証言か、絵か、写真か、それとも小説か。小説だった場合、そのあと証言が出てきた順番を確かめます
- その種類が出てくる前の記録に、同じ姿が載っているか。マンティスの「270件に0件」がこの質問の答えです
- 話した本人が、あとで作り方を認めていないか。マイヤーの模型がこれに当たります
4つめが意外と効きます。否定する側の反論は言い合いになりがちですが、本人が「模型を使った」と認めた記録は、それ以上争えません。有名なUFO事件を1件ずつ元の資料までたどり直した本としては、皆神龍太郎のUFO学入門 伝説と真相があります。こちらは事件を1件ずつ、当時の報道や調査報告まで戻って検証している一冊です。
うじとうえだのブログは、不思議なことを宇宙人の仕業で終わらせないやり方を取っています。種類の一覧も同じです。名前を並べるだけなら10分で書けますが、初出の年を1件ずつ当たると、7つのうち2つは証言より先に小説や随筆があり、別の2つは1冊の本そのものが出どころだったことが見えてきました。そもそも宇宙人に会えていない理由については、観測データと仮説に仕分けた記事で扱っています。UFOそのものの扱いは公文書で確かめられた事実と証言だけの話を分けた記事のほうです。
出典
- ※1 The UFO Experience: A Scientific Inquiry(Internet Archive/J. Allen Hynek・1972年。接近遭遇の分類と「animate beings」の語の原典)
- ※2 The field guide to extraterrestrials(Internet Archive/Patrick Huyghe・1996年)
- ※3 How Betty and Barney Hill's Alien Abduction Story Defined the Genre(HISTORY)
- ※4 Grey alien(English Wikipedia/ウェルズ・サンドグレン・ヒル夫妻・『Communion』・報告割合)
- ※5 George Adamski(English Wikipedia)
- ※6 Nordic aliens(English Wikipedia)
- ※7 Billy Meier(English Wikipedia)
- ※8 Reptilian conspiracy theory(English Wikipedia/ブラヴァツキー・ハワード・ドリール・シャーマー・アイク・2013年の調査)
- ※9 Zecharia Sitchin(English Wikipedia)
- ※10 Graying Mantis(Martin S. Kottmeyer/The REALL News・1999年5月)
- ※11 We, the Arcturians(Internet Archive/Norma J. Milanovich・1990年)
- ※12 Kelly–Hopkinsville encounter(English Wikipedia)
- ※13 How the 'Little Green Men' Phenomenon Began on a Kentucky Farm(HISTORY)
- ※14 Little green men(English Wikipedia/1955年より前の用例とエヴァンズヴィル・クーリエ紙)
Amazonのアソシエイトとして、都市伝説うじとうえだは適格販売により収入を得ています。
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