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宇宙人の壁画はなぜ宇宙人に見える?古代の絵を証拠の強さで仕分けた

2026年7月19日日曜日

宇宙 古代文明 世界のミステリー 都市伝説 壁画

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宇宙人の壁画はなぜ宇宙人に見える?古代の絵を証拠の強さで仕分けた

宇宙人の壁画、と呼ばれている絵があります。頭が大きく、目が黒く丸く、口が無い。ヘルメットをかぶっているようにも見える。先に答えを書くと、その絵は実在します。所在も年代も分かっているものがほとんどです。

いっぽうで、そこに宇宙人が描かれているという裏づけは、いまのところ見つかっていません。こちらで一次資料まで下りていける範囲では、一つも出てきませんでした。

ただ、それを言って終わりにすると、いちばん面白いところを飛ばすことになります。本当の問いは「宇宙人かどうか」ではなくて、なぜ私たちには宇宙人に見えるのかのほうだと思うのです。この記事が扱うのは、そちらのほうです。絵を1枚ずつ取り上げ、描いた人たちの側の説明を先に置き、そのあとに宇宙人説を並べ、証拠の強さで札を分けました。

宇宙人の壁画は実在する?——絵は実在します。ただし宇宙人という札は貼れません

まず全体の見通しを書いておきます。この記事で扱う絵と彫刻は5つです。オーストラリア・キンバリーのワンジナ、サハラのタッシリ・ナジェールの岩絵、ヨーロッパの中世から近世の宗教画、エジプト・アビドスのいわゆるヘリコプターの象形文字、そしてメキシコ・パレンケのパカル王の石棺のふた。

5つとも実物があります。国立公園や世界遺産に指定されているもの、美術館に所蔵されているものばかりです。宇宙人説が取り上げてきたのは、架空の絵ではありません。ここは最初にはっきりさせておきたいところでした。

そのうえで、5つのどれについても、宇宙人に結びつける一次資料は見つかりませんでした。結びつけているのは、いずれも20世紀に書かれた本と、それを引き継いだ記事です。この差を、順番に見ていきます。

なぜ宇宙人に見えるのか?——人の脳は、顔かどうかを先に判定するようにできています

先に、絵の話ではなく見る側の話をします。ここが分かっていると、あとの5つがぜんぶ読みやすくなるからです。

模様や岩や焦げ目が顔に見えてしまう現象をパレイドリアと呼びます。2020年9月、アメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)脳認知研究所のスーザン・ウォードルらが学術誌『Nature Communications』へ発表した研究が、この現象の中身を時間の単位まで測りました※1。

結果はこうです。顔に見える物体を見たとき、脳の中では最初それが本物の顔とほとんど同じように扱われます。そしておよそ250ミリ秒のあいだに表現が切り替わり、ふつうの物体と同じ扱いに落ち着く※1。つまり私たちの視覚は、正確さより見落とさないことを優先する検出器を先に走らせているわけです。

この論文は、同じ現象がマカクザルでも行動として確認されていることにも触れています※1。顔を探しすぎる癖は人間だけの思い込みではなく、霊長類の顔検出のしくみそのものから出てくるものだ、という見立てです※1。

もう一つ、見え方が資料で変わった例を挙げておきます。火星の人面岩です。1976年にバイキング1号が撮った写真は、解像度がおよそ1画素あたり43メートルでした※2。1998年にマーズ・グローバル・サーベイヤーが撮り直したときは4.3メートル、2001年には1.56メートルまで細かくなっています※2。岩は動いていません。細かく見えるようになっただけで、顔は消えました。

ここから言えることは1つです。「宇宙人に見える」は、絵についての情報ではなく、見ている私たちについての情報だということ。この視点は、絵の見え方そのものを研究した本にまとまっています。心理学者の三浦佳世さんが書いた視覚心理学が明かす名画の秘密は、名画の中の顔や光がどういう仕組みで見えているのかを一冊かけて扱っています。この節で書いたことを、絵画の側から追いかけたい人向けの本です。

証拠の強さを3つの札に分けます

ここからは絵を1枚ずつ見ます。使う札は3つです。

  • 【確かめられた】……その絵が実在し、所在と年代が公的な資料で追えるもの
  • 【説にとどまる】……宇宙人説として発表されたが、研究の側では支持されていないもの
  • 【裏づけが見つからない】……こちらで探した範囲では、出どころにたどり着けなかったもの

断っておきたいことが1つあります。この記事は、絵を作った人たちの腕前を話題にしません。「その時代の人に作れたかどうか」という問いの立て方をしないという意味です。理由は単純で、作れたかどうかは、私たちが決めることではないからでした。分かっているのは、現に作られて、現に残っている、ということだけです。

ワンジナは宇宙人?——口が無い理由は、描いている人たちが今も説明しています

元の記事で「宇宙服のヘルメットに見える」と書いた絵が、これでした。オーストラリア北西部・キンバリー地方の岩に描かれたワンジナです。

順番を守ります。まず、描いている人たちの側の説明から。

ワンジナは、キンバリーのウォドーダ(ウォロラ)、ンガリニン、ウナンバルの3つの言語集団にとっての創造の存在です。西オーストラリア州ダービー近郊のモワンジャム・アボリジナル芸術文化センターは、自分たちを「ワンジナの法と図像の管理者」と説明しています※3。雲と雨の霊であり、大地とそこに生きるすべてを作った存在とされる、と。

では口はなぜ無いのか。ここは推測が要りません。世界知的所有権機関(WIPO)が発行する『WIPO Magazine』の記事に、理由が書かれています。ワンジナは口を与えて描くには強すぎる存在であり、その力は鼻に見える線を通って地上へ降りてくる——だから口は描かない※4。

頭のまわりの帯についても説明があります。あれは雲と、そこから出る稲妻です※5。ヘルメットの縁ではありません。

年代のほうも確かめました。元の記事には「数万年も前」と書いてあり、ネット上では「10万年前」という数字も見かけます。どちらも、公的な資料では裏づけられませんでした。

ワンジナ様式の岩絵の年代は、およそ3800〜4000年前と見積もられています※5。この様式が現れたのは、北オーストラリアを覆っていた千年規模の乾燥期が終わり、毎年のモンスーンが戻ってきた時期にあたる※5。雨をもたらす存在の絵が、雨が戻った時期から始まっている。ここは、いくら宇宙人説を並べても出てこない筋の通り方だと思いました。

ちなみに、オーストラリアで年代がきちんと測られた岩絵のうち最も古いものは、2021年2月に学術誌『Nature Human Behaviour』へ発表されたカンガルーの絵で、1万7500年前から1万7100年前のあいだと確定しています※6。キンバリーのバランガラの人々の土地、ドライスデール川の上流にある岩陰の天井に描かれていました※6。「10万年前」という数字は、この実測値の6倍近くになります。

もう一つ、大事な点があります。ワンジナの絵は、描き直されながら受け継がれてきました。モワンジャムの人々は絵を塗り直すことでワンジナの存在を続かせており、12月から1月の塗り直しがモンスーンの到来につながると考えられている※5。ある場所では、塗り重ねが40層を超えているそうです※5。

だから「この絵の具は何年前か」という問いは、この絵に対しては少しずれています。絵は過去の遺物ではなく、今も続いている行いのほうです。

最後に、この記事で守ったことを1つ書きます。ワンジナを描いてよいのは、上の3つの民族だけだと決まっています。これはオーストラリアの他のアボリジナルの人々からも尊重されている取り決めで、WIPOの記事にもそう書かれています※4。2010年前後には、権限のない人が作ったワンジナの彫刻をめぐって実際に争いになりました※4。ですからこの記事にはワンジナの絵を1枚も載せません。図像を見たい方は、上のモワンジャムの美術館か、専門の美術書に当たってください。人類学者ハワード・モーフィが書いたアボリジニ美術は、この分野の標準的な概説書で、作品を誰がどういう権利のもとで作るのかまで扱っています。

札:【確かめられた】(絵の実在・年代・意味)/【説にとどまる】(宇宙人説)

タッシリ・ナジェールの「大火星神」は宇宙人?——その名前を付けたのは1950年代のフランス人でした

アルジェリア南東部のタッシリ・ナジェールは、8万平方キロメートルにおよぶ岩の台地です。1986年にユネスコの世界遺産へ登録されました※7。ここの岩絵の多くは9000年前から4000年前のもので、大型動物の線刻には1万2000年前かそれ以上にさかのぼるものがあるかもしれない、とされています※7。

この場所で有名なのが、頭が丸く大きい人物像の一群です。「ラウンドヘッド」と呼ばれています※7。宇宙人説では、その中の1体が「大火星神」として繰り返し登場してきました。

ここが今回いちばん確かめたかった点です。この名前は、絵を描いた人たちが付けたものではありません。

タッシリの岩絵を世界に紹介したのは、フランスの探検家・民族学者アンリ・ロートです。1956年2月にジャネへ入り、1956年から1957年にかけての16か月でおよそ800点を記録しました※8。作品は1957年と1958年にパリの装飾美術館で公開され、大きな反響を呼びます※8。

そして1958年の著書で、ロート自身がこれらの人物像は宇宙から来た存在ではないかという見方を打ち出しました※8。ひときわ大きな1体を「ジャバレン」と呼び、「大火星神」と形容したのも彼です※8。この主張はのちにエーリッヒ・フォン・デニケンに引き継がれ、古代宇宙飛行士説の材料になりました※8。

整理するとこうなります。絵は実在し、年代も分かっている。けれども「火星」という言葉は絵の側から出てきたものではなく、記録した人が20世紀に付けた呼び名でした。名前が先にあって、あとから読み方が育った形です。

なお、ロートがこの言い方をどこまで本気で使ったのか、冗談めかした命名だったのかについては、こちらでは出どころを確定できませんでした。その点は【裏づけが見つからない】のまま置きます。推測で埋めません。

札:【確かめられた】(絵の実在・年代・世界遺産登録)/【説にとどまる】(宇宙人説)+【裏づけが見つからない】(命名の意図)

中世の宗教画に描かれた円盤はUFO?——美術館の説明は「天から降りてくる光」です

元の記事では、キリストの背景に皿のような物体が描かれた宗教画に触れていました。この手の話でよく挙がる1枚を、美術館の解説つきで見てみます。

カルロ・クリヴェッリが1486年に描いた『聖エミディウスを伴う受胎告知』です。ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵しています。画面の上のほうに円い雲があり、そこから細い光の筋がまっすぐ下へ伸びて、建物の壁に開いた穴を通り、マリアに届く。この光の筋を「宇宙船の光線だ」と読む人がいるわけでした。

ナショナル・ギャラリー自身の解説はこうです。マリアは天から降りてきた光の筋に撃たれようとしており、それが彼女を神の母へと変える。この光は聖霊の鳩を天から運んでくるもので、壁の金色の穴を通ってマリアへ届く、と書かれています※9。街の人々はそれに気づいておらず、階段の陰からのぞく小さな子どもと、空を見上げる若者だけが閃光に気づいている——そこまで解説に入っています※9。

つまり円盤と光線は、この絵の主題そのものでした。受胎告知を描く以上、神の力が天から降りてくる様子を目に見える形にする必要がありました。光の筋は、そのための決まった表し方です。

ここで、最初の節の話が効いてきます。同じ図形でも、円盤や宇宙服の映像を一度も見たことがない人には「天からの光」にしか見えません。見たことがある人には、円盤に見えます。絵のほうは1486年から1ミリも変わっていません。変わったのは、こちら側の持ち札でした。

札:【確かめられた】(絵の実在・所蔵先・主題)/【説にとどまる】(UFO説)

エジプトの「ヘリコプターの壁画」は?——2人の王の文字が重なっていました

これは仕分けの結果がいちばんはっきり出た1件です。

エジプト・アビドスのセティ1世葬祭殿にある梁に、ヘリコプターや潜水艦のように見える形が並んでいます。正体は、2つの碑文が重なった状態です。

順を追うとこうなります。まず紀元前1294年ごろから1279年ごろに在位したセティ1世の称号が彫られました※10。次の王であるラメセス2世が、その文字を漆喰で埋め、上から自分の称号を彫り直します※10。そして長い年月のあいだに漆喰が落ち、下の文字が再び顔を出しました※10。

いま見えている「ヘリコプター」は、セティ1世の弓の文字と、ラメセス2世の腕の文字が、たまたま重なってできた形です※10。古代のどの時点にも、この形の文字は存在していませんでした。

エジプト学者ピーター・J・ブランドは、2023年の著書でこの現象をパレイドリアとして説明しています※10。先に王が文字を上書きし、あとから漆喰が落ち、最後に私たちの脳が知っている形を当てはめた。3つの偶然が重なった結果でした。

札:【確かめられた】(2人の王の碑文が重なったものであること)。宇宙人説は、ここでは【説にとどまる】より手前で消えます。読む対象になる文字が、そもそも存在しないからです。

マヤのパカル王は宇宙船に乗っている?——上ではなく、下へ向かっています

メキシコ・チアパス州パレンケの碑文の神殿。その地下で、1952年11月27日に石棺のふたが持ち上げられ、キニチ・ハナーブ・パカル1世(在位615〜683年)の墓が現れました※11。発掘したのは考古学者アルベルト・ルス・ルイリエです※11。

このふたの彫刻が「宇宙船を操縦する人物だ」と読まれてきました。古代宇宙飛行士説の本に、繰り返し登場してきた1枚です。

マヤ研究の側の説明を見ます。メキシコ国立人類学歴史学研究所(INAH)系の学術誌『Arqueología Mexicana』に載った解説は、この場面をこう読み解いています。画面の下にあるのは大地の怪物の顔で、その大きな牙のある口から、パカルがトウモロコシのように再び生まれ出てくる※11。マヤの創世の考え方では、この時代の人間はトウモロコシから作られていました※11。

そこから王は、自分の腹から生え上がる宇宙樹の幹をのぼって天へ向かいます※11。樹の先に止まっている鳥は、マヤの最高神イツァムナーの鳥の姿です※11。「排気炎」と読まれてきた部分は、下へ伸びる樹の根にあたります。

要するに、この彫刻の向きは上ではなく下でした。死んだ王がいったん地下の世界へ降り、そこから生まれ直して天へのぼる。マヤの宇宙観をそのまま図にしたものだった、という説明です。

同じ誌に載った考古学者エドゥアルド・マトス・モクテスマの文章は、まじめな研究者がこの彫刻を宇宙人と結びつけた例は一つも無い、と書いています※12。そのうえで、これは人間の思考と手が作ったものだと述べていました※12。

札:【確かめられた】(発掘の経緯・年代・図像の読み)/【説にとどまる】(宇宙飛行士説)

ピラミッドやモアイはどうやって運ばれた?——運搬の記録と、歩かせた実験が出ています

元の記事には「とても人力だけで作れるとは思えません」という一文がありました。ここは書き方を変えます。作れたかどうかを想像するのではなく、作った記録を探しに行きます。

まずギザの大ピラミッドです。2013年、フランスの考古学者ピエール・タレのチームが紅海沿いのワディ・アルジャルフで世界最古のパピルス文書を見つけました※13。そこにはメレルという監督官の日誌が含まれていました※13。

日誌の中身がすごいところです。メレルはおよそ200人の作業班を率い、ナイル沿いのトゥーラの石切り場で船に石灰岩を積み、ギザまで運んでいました※13。半日単位で自分の行動を記録しています※13。この石灰岩はピラミッドの外装に使われたもので、日誌はクフ王の治世の最後の年にあたる※13。

さらに、メレルが報告していた上役の名前まで書かれていました。クフ王の異母兄弟アンクハフです※13。大ピラミッドの建設の一部を取り仕切っていた人物が、ここで初めて記録から確定しました※13。

つまり大ピラミッドについては、石を運んだ当人の勤務記録が残っていることになります。4600年前の文書です。

次にイースター島のモアイ。2025年10月、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の人類学者カール・リポと、アリゾナ大学のテリー・ハントらのチームが、3Dモデルと野外実験による検証を発表しました※14。

やったことはこうです。約1000体のモアイを3次元で計測し、道沿いに置かれた像に共通する特徴を取り出しました。底面が幅広のD字型で、前へ傾いているという形です※14。この形をそのまま再現した4.35トンの複製を作り、ロープで左右に揺すって歩かせました。

結果は、18人で100メートルを40分※14。リポは「いったん動き出せば少しも大変ではない。片手で引いている人もいる」と話しています※14。島に残る道の幅がおよそ4.5メートルで断面がくぼんでいることも、揺らしながら進ませるのに向いていました※14。

島には、モアイが歩いたという口承が残っています。実験の結果は、その伝承と食い違っていません。

札:【確かめられた】(メレルの日誌・モアイの歩行実験)

なぜ「宇宙人が教えた」という形の説になるのか

ここまで並べてみて、共通の形が見えてきました。書いておきます。

古代宇宙飛行士説は、たいてい「この人たちには無理だっただろう」という前提から始まります。無理だという前提を置くと、外から誰かが来て教えたという説明が必要になる。話の順番が逆さまなのです。

そして、その「無理だ」という前提は、たびたび資料に追い抜かれてきました。この記事で見てきたとおりです。石を運んだ人の日誌が出てきた。像の歩かせ方が実験で再現された。口が無い理由は、描いている人たちが今も説明している。

もう一つ、気になる記録を見つけました。西オーストラリア大学が2020年に出した発表の中に、キンバリーのグウィオン・グウィオンと呼ばれる岩絵について、こういう一文があります。その細密な描写はヨーロッパからの観察者を戸惑わせ、年代と「誰が描いたか」をめぐって100年以上の憶測を生んだ、と※15。

その憶測に、2020年に決着がつきました。メルボルン大学が率い、西オーストラリア大学などが加わった共同チームが学術誌『Science Advances』へ発表した測定で、この様式の年代はおよそ1万2000年前と定まります※15。調査はバランガラをはじめとするアボリジナルの法人と組んで進められました※15。絵は、その土地に住み続けた人々が世代を重ねて作ってきたものの一部だった、という結論です※15。

「誰が描いたか」を外に探しに行く癖は、100年たって、記録のほうに追い抜かれました。この記事が「なぜそう見えるか」だけを扱うことにした理由が、ここにあります。

先史時代の絵が、なぜあのような形をしているのか。この問いを正面から扱った本が1冊あります。南アフリカの考古学者デヴィッド・ルイス=ウィリアムズの洞窟のなかの心です。洞窟壁画の造形を、描いた人の脳と社会の側から読み解こうとした本で、この記事が置いた視点をもっと深く追いかけられます。

この記事で扱わなかった話が2つあります

宇宙人の壁画をめぐる話題のうち、あえて外したものを書いておきます。

1つめは遮光器土偶です。あれは壁画ではなく土偶で、扱い方も別になります。このブログでは「日本にも古代宇宙人がいた」って本当?超古代文明×宇宙人説とはで、考古学の側の説明と並べて扱いました。そちらに任せます。

2つめはインドの洞窟壁画です。2014年ごろ、中部インドで見つかった岩絵について「宇宙人と円盤が描かれている」という報道が流れました。こちらでも出どころを追ったのですが、報道の元になった調査報告そのものにはたどり着けませんでした。年代の根拠も確認できていません。そのため、ここでは札を貼らずに外しました。【裏づけが見つからない】まま、埋めずに置きます。

宇宙人の壁画を、3つの札で並べ直すと

短い形にしておきます。

  • ワンジナ(オーストラリア)……絵は実在し、およそ3800〜4000年前から。口が無い理由は描き手側の説明がある【確かめられた】/宇宙人説【説にとどまる】
  • タッシリ・ナジェール(アルジェリア)……絵は実在し、多くは9000〜4000年前。世界遺産【確かめられた】/「大火星神」は1958年にアンリ・ロートが付けた呼び名【確かめられた】/宇宙人説【説にとどまる】
  • 中世・近世の宗教画(ヨーロッパ)……円盤と光線は受胎告知の決まった表し方。ナショナル・ギャラリーの解説あり【確かめられた】/UFO説【説にとどまる】
  • アビドスの「ヘリコプター」(エジプト)……2人の王の碑文が重なった結果【確かめられた】/古代の技術説は成り立たない
  • パカル王の石棺のふた(メキシコ)……地下へ降り、宇宙樹をのぼる場面【確かめられた】/宇宙飛行士説【説にとどまる】
  • ロートの命名の意図/インドの岩絵の報道……【裏づけが見つからない】

5つのうち4つで、絵を作った人たちの側の説明のほうが、宇宙人説より細かく、根拠も多く残っていました。面白さで負けているとも思いません。雨が戻ってきた土地に雨の霊の絵が現れる話も、石を積んだ船の勤務日誌も、こちらのほうがよほど具体的です。

古代文明と宇宙人の記事は、このブログのどこにつながっているか

この記事は「古代文明」の話の1つです。柱にあたるのがムー大陸はなぜ沈んだ?実在した大陸スンダランドと、超古代文明の証拠を強さ順に仕分けたで、同じ3つの札の使い方をしています。

関連する記事はこのあたりです。

今夜、星空を見上げるのはいいことだと思います。ただ、その前に1つだけ。地上に残っている絵のほうにも、まだ読み切れていない話が山ほどあります。

出典

Amazonのアソシエイトとして、都市伝説うじとうえだは適格販売により収入を得ています。

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