「エリア51」という名前は、たいてい宇宙人とセットで出てきます。墜落した円盤、保管された遺体、地下何十階の施設。ところが、そこまで聞いておいて「で、結局あそこは何なの」と一言で答えられる人は、あまり多くありません。
ここでは、公文書で確かめられることと、誰かがそう話しているだけのことを、一つずつ札を分けて並べていきます。宇宙人の話をなくすつもりはありません。ただ、どちらの棚に置く話なのかは、はっきりさせておきたいと思いました。
エリア51とは?ネバダ州にある実在のアメリカ空軍の試験場です
エリア51は、アメリカ・ネバダ州の砂漠にある空軍の試験場です。ラスベガスから北北西へおよそ83マイル(約134キロ)、場所はグルーム湖という干上がった湖のほとりです。正式な名前はホーミー空港、航空コードはKXTA。都市伝説の中だけの場所ではなく、座標のある実在の施設です※1。
周囲はネバダ・テスト・アンド・トレーニング・レンジという広大な演習場で、その一角が問題のエリア51にあたります。滑走路は長いほうで3,657メートル(11,998フィート)。成田空港のいちばん長い滑走路が4,000メートルですから、そこに迫る長さの舗装が砂漠の真ん中に伸びているわけです※1。
働く人がいる以上、通勤の足も用意されました。「ジャネット(Janet)」と呼ばれる連絡便が、ラスベガスのハリー・リード国際空港から従業員を運んでいます※1。宇宙人の基地というより、朝に人が通う職場の顔をしています。
ちなみに「エリア51」という呼び名は、原子力委員会の区画番号に由来するという説明をよく見かけます。ただ、当のエリア51はその番号体系に入っておらず、隣の区画が「エリア15」です※1。名前の出どころは【推測・確信度低】として扱ってください。
エリア51の存在をアメリカ政府が認めたのは2013年です
2013年6月25日、CIAが内部史の機密を解除した
アメリカ政府が「エリア51」という名前と場所を公式の文書で認めたのは、2013年6月25日でした。CIAがU-2とOXCARTという2つの偵察機計画の内部史を機密解除し、その中でグルーム湖の施設を名指ししたのです※2。それまでは、存在そのものを肯定も否定もしない扱いが続いていました。
誤解されがちなのですが、これは内部告発でも流出でもありません。ジョージ・ワシントン大学の国家安全保障公文書館の研究者が2005年に情報公開請求を出し、8年かけて返ってきたものです※2。文書自体は1992年に書かれた古い内部史で、以前に公開された版ではエリア51にあたる記述が黒く塗られていました。塗りが外れた、という順番になります。
この記事を書くにあたって、CIA自身の閲覧室に置かれた写しを開こうとしたところ、PDFではなくエラーの画面が返ってきました。公文書の世界では「公開されている」と「今すぐ読める」が別物です。実際に読めたのは公文書館側に置かれた写しのほうでした。ここは自分の手で確かめた話です。
エリア51で作られていたのは、宇宙船ではなく偵察機だった
エリア51が1955年に選ばれた目的は、U-2という高高度偵察機の試験場でした。高度2万メートル前後を飛び、ソ連の上空から地上を撮る飛行機。人目につかない広い平地が要る、という理由で干上がった湖のほとりが選ばれています※1。最初のU-2が運び込まれたのは1955年7月24日です※1。
その後もここでは、A-12(計画名OXCART)、無人偵察機D-21、ステルス機F-117と、当時の常識から外れた機体が次々に試されています※1。民間機よりはるかに高いところを、見たことのない形の機械が、不規則な時間と進路で飛ぶわけです。
空軍の退役軍人は、夕暮れどきに高高度のU-2の銀色の機体が下から日光を反射し、地上からは光る物体として見えたのだと説明しています※1。地上の人が誤認したというより、そもそも「見せる気がない機械」が見えてしまった、という話に近いでしょう。
未確認飛行物体そのものについては、当ブログの都市伝説とUFOの真実!未確認飛行物体は本当に宇宙から来たのか?でも別角度から扱っています。
エリア51に宇宙人がいるという話は、どこから来たのか
宇宙人説の柱は2本あります。1947年のロズウェル事件と、1989年にボブ・ラザーという人物が語った証言です。どちらも有名ですが、エリア51と宇宙人を直接つなぐ公文書は、いまのところ出ていません。ここから先は「証言の棚」に置いて読み進めてください。
ロズウェル事件(1947年)と、1994年の空軍報告書
1947年、ニューメキシコ州ロズウェル近郊で正体不明の残骸が回収されました。その回収物がエリア51に運ばれた、という筋書きが宇宙人説の入口になっています。
これについてアメリカ空軍は、1994年から1997年にかけて調査報告書を公表しました。結論は、残骸はモーグル計画という核実験監視のための高高度気球だった、というものでした※3。ニューヨーク大学の気象研究の一部として、機密扱いで進められた計画です。
【推測・確信度低】そのうえで、残骸がエリア51へ運ばれたと記した公文書は、機密解除された資料の中に見当たりませんでした。運ばれなかったと証明されたわけでもありませんが、根拠は今のところ証言だけです。
ボブ・ラザーの証言(1989年)と、その後に確かめられたこと
1989年5月、ラスベガスのテレビ局KLASに、顔を隠し「デニス」という仮名の男性が出演しました。同じ年の11月には実名で再登場します。ボブ・ラザーという人です※4。
主張はこうでした。エリア51の近くにあるS-4という施設で、9機の円盤の分解調査に加わった。円盤の動力は原子番号115の元素である、と。
その後、この証言は複数の角度から照会されました。1993年にロサンゼルス・タイムズが学歴を調べたところ、本人が名乗っていたマサチューセッツ工科大学とカリフォルニア工科大学のどちらにも在籍の記録がありませんでした。勤務先として挙げた企業にも雇用記録が残っていません※4。
115番元素のほうは、話がもう少しはっきりしています。2003年に実際に合成され、のちにモスコビウムと名づけられました。ただし出来た同位体はきわめて不安定で、数百ミリ秒で崩壊します※4。燃料として積んで飛ぶという想定とは、性質がかみ合いません。
日本語で通して読める本としては、アニー・ジェイコブセンのエリア51 世界でもっとも有名な秘密基地の真実(田口俊樹訳・太田出版・2012年)があります。ただしこの本が打ち出した「ロズウェルの機体はソ連が飛ばしたものだった」という説は、匿名の元技術者ひとりの話に基づいており、地元紙ラスベガス・レビュー・ジャーナルの取材で元従業員が疑問を述べています※5。読むときに、その一点だけ頭の隅に置いておくと安心でしょう。
エリア51が今も閉ざされているのは、UFOとは別の理由があります
2013年に存在が認められた後も、エリア51は立ち入り禁止のままです。理由は宇宙人ではなく、現役の試験場だから。それに加えて、この場所だけが環境情報の開示から外される特別扱いが、いまも毎年更新されています※1。
まず1995年、公道から基地を見下ろせたフリーダム・リッジなどの高台、3,972エーカーが立ち入り制限になりました※1。基地を広げたのではなく、見える場所をなくした、という手当てでした。
同じ1995年、もう一つ動きがありました。元請負業者らが、有害廃棄物の野焼きで健康を害したとして起こした2件の裁判の最中に、当時のクリントン大統領が大統領決定第95-45号に署名したのです。日付は1995年9月29日、官報にあたるフェデラル・レジスターの1995年10月10日号に載っています※7。
その中身を読むと、対象は「グルーム湖付近のアメリカ空軍の運用場所」という言い方で書かれていて、施設の名前はどこにも出てきません。効力は1年間と決められており、それが今も毎年更新されている、という形です※1※7。
ここが個人的にいちばん引っかかるところでした。宇宙人の話より、「施設名を出さないまま、その場所だけを法律の枠外に置く」という手続きのほうがよほど奇妙に映ります。しかもこれは、証言ではなく公文書で追える事実です。
敷地の手前に立つ看板には、侵入者に対して「致死力の行使が認められている」と書かれています※1。宇宙人がいるかどうかとは無関係に、近づいてよい場所ではありません。
エリア51に押しかけると宣言した200万人と、当日ゲートに来た150人
2019年、Facebookで「エリア51を襲撃しよう、全員は止められない」というイベントが立ち上がり、200万人が「参加」を押しました。実際に当日ゲート前に現れたのは、およそ150人。エリア51という話題の縮尺が、いちばんよく見える出来事だと思います※6。
イベントを作ったのは、カリフォルニア州の店員だったマティ・ロバーツという人物で、2019年6月27日の思いつきでした。8月下旬の時点で「参加」が200万人、「興味あり」が150万人。予定日は2019年9月20日の午前3時から6時です※6。
当日、周辺の町で開かれた音楽フェスには約1,500人が集まりました。ゲートの前まで来たのが約150人、逮捕は7人。中身も侵入ではなく、飲酒がらみなどでした※6。空軍の広報は、ここは訓練場なので近づかないでほしい、という趣旨のコメントを出しています※6。
ネット上の数字と現地の数字の差は、1万分の1以下。エリア51をめぐる話は、だいたいこの縮尺の差が効いています。伝わるときに数字が大きくなり、確かめると小さくなる。
エリア51の話を、事実と伝聞に札を分けるとこうなります
ここまでを、根拠の種類ごとに並べ直しておきます。
- 【公文書】ネバダ州グルーム湖にある空軍の試験場。正式名はホーミー空港(KXTA)
- 【公文書】1955年、U-2偵察機の試験場として設置。最初の機体の搬入は同年7月24日
- 【公文書】2013年6月25日、CIAが機密解除した内部史でエリア51の名前と場所を明記
- 【公文書】1995年、基地を見下ろせる高台3,972エーカーを立ち入り制限に
- 【公文書】1995年以降、環境情報の開示を免除する大統領決定が毎年更新
- 【公的な否定】ロズウェルの残骸は核実験監視用の気球(空軍報告書・1994年)
- 【証言のみ】S-4で9機の円盤を調べたという話(1989年)。学歴と雇用の記録は確認できず
- 【推測・確信度低】「エリア51」という呼び名の由来
- 【推測・確信度低】地下に何十階もの施設があるという話。一次資料は見つかりませんでした
宇宙人はいない、と決めつけるつもりはありません。ただ「話している人がいる」と「文書に残っている」は、重さが違います。エリア51が面白いのは、その二つが同じ砂漠の上に積み上がっているところでしょう。
古代の壁画に残された宇宙人らしき姿については、都市伝説!宇宙人は本当に地球に来ている?古代壁画に隠された謎のほうで掘り下げています。
出典
- ※1 Area 51(英語版ウィキペディア)
- ※2 The Secret History of the U-2 — and Area 51(ジョージ・ワシントン大学 国家安全保障公文書館)
- ※3 ロズウェル・リポート(日本語版ウィキペディア)
- ※4 Bob Lazar(英語版ウィキペディア)
- ※5 'Area 51' book stretches truth, ex-workers say(ラスベガス・レビュー・ジャーナル)
- ※6 Storm Area 51(英語版ウィキペディア)
- ※7 Presidential Determination No. 95-45 of September 29, 1995(米国官報 Federal Register 第60巻195号/米国政府出版局)
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